irohato

a_yによる詩や短歌 https://utubuse.wixsite.com/ayweb

2017

クリスマス・鍋の会

やあ終わるね終わるねという会話をなんのためらいもなく交わして奇妙な音頭で祝杯をあげる夜ごと静まるのに終電だけが賑やかで細い月は口をつぐんだまま笑っている 聖書を片手に麻酔科の部長が入ってくる私たちは私たちのささやかな問題について話し合う俗悪…

半熟の目玉焼きつくる半熟のおんな窓を半分閉めて後ろめたいことでもあるように光から隠れて食べる 半透明の心HBの鉛筆すりガラスに爪を立てた響きを反省する夜半フォークを立てると黄身が流れ出すフォークが流れる君が立っている 必然的な片割れではなくあ…

聖夜

肩の革張りの重みをまもろうとするごとくかたくなに腕をこばんだ口下手を夜ごとに恥じて鼻へ抜けていくアルコールの香り誤魔化しがきかないんだろう底から噴き出してくる欲望を運動機能が落ちたふるえる右手の先でする する する とペンのうねり一秒ごとに展…

戦後

新世界に神は必要ない神は簿記を始めたことし人魚から初めての政治家が誕生したがメディアに煽られ自らヒレを切り落とした私たちが東京に旅行したのはその頃で姉は動物園で熊を嫌がって虎を見たその夜薬膳鍋を食し私たちは浄化の術を学んだが「どうせすぐ月…

世界とわたし

まぶたに手を置いてじんわりとその筋肉がほぐれる後頭葉ではまだ花見をしているような騒ぎが続いているが黒いお面の小人が一人ずつカーテンをひく係で 左右からわたしの脳内を走って前頭葉まで暗幕をかけ始める 現実ことばによってわたしは世界と微妙な距離…

風邪

カゼ菌が喉頭蓋の上をさわさわうごく息をするたび 声門が開くたび気道に滑り込み私は驚く顔を真っ赤にして 目を見開いて咳き込む しんでしまう と思うこのまま咳が続いたら 息も出来ない身もだえしながら 弱い自分をのろうこんな思いをしているはずではなか…

矛盾

救急外来に運ばれた急性アルコール中毒の患者はカーテンに向かって唾を吐きちらす患者の飲酒量はビール中ジョッキ十杯で致死量の半分にも満たない足りなかったねと師長が毒を吐く私は師長が好きだった 年を言うといつも若いねと言われた二十歳から働いていれ…

八月三十一日

八月三十一日を前にわたしは失恋したのだったそういう告白をわたしはツイッターでしてなに食わぬ顔で揺れるジェリー状カラフルソーダの写真を添付した 本当は待っても待ってもわたしの順番は来なかったのだ公式ホームページの写真を加工して誰かのレビューを…

帰る場所

聞こえていたのに返事をしなかったとおい海の底から、頑張ろうは今こそだのに痛々しいから、始めから頑張ろうなどと叫ばなくても良かったのにだから返事をしなかった 飛行機の切り取られた両翼を想像した絶望のすぐそばに希望が住んでいる穏やかな水などはな…

背中

夏がどんなふうに過ぎていっても私たちには関係がないねからし色の明るい夜のなかでふたり乗りの自転車が風を切っていく中肉中背のたおやかな背中後ろからだまって肩に手を置いてみる彼がわずかにぴくりと動く(私はこの人の背中が好きだ) 丸の内の駅まで運…

午後五時

昨日の今ごろはたった今始まる手術のタイムアウト予想手術時間は、という問いに十二時間だという執刀医の言葉に私たちは唾をのんだ きっと助かる、と多くのサインから希望をつないだ私たちは拙い看護師で上を見ればきりがなかったそれでも二人で任せられた夜…

夕暮れ症候群

朝は予定帳を書いて昼は反省文を書くでは夕方は夕方は陶酔、またはロマンチズム食べても食べても満たされないぽっかり空いた胃の中に子どもみたいに雲の味を想像しては行きとどまらない不安で唾がのぼるそこへ行けば詩ができるという喫茶店には迷った末に行…

夏はよる

夏はよる君と動物と触れ合って、火照った夕べ梅の炭酸でまかなう 足首の疲れとハイリスクハイリターンの当直と天秤にかける 人には人の乳酸菌人には人の文脈があり外れたらケッコンできないじゃあまたねってそのまたなんか来ないことを知っている十五分に一…

医者の手が頭蓋骨にふれる。割れ物を扱うように、注意深くその骨弁を脳へあてがう。 鮮烈なイメージを遺すには、詩では足りない。 ―君だったのか。夢に鯨をしのび込ませたのは?

患者の標本をつくる部屋をさばき室をと呼ぶ。排水溝は数年分の血液が溜まっていて、きみは手が荒れるから掃除したくないと言う。

映画

医者が二人、ソファのある部屋に入ってくる。私が淹れたコーヒーを飲みながら、二人は映画の話などをしている。

沖縄みやげのビールを見つからないように隠した。冷凍庫で風がねむっている。

クルー

語るために辞書を破った。片手で指笛を吹きながら、片手ではデマを連ねるような辞書だ。 三頭船員室の薄暗がりで目が覚める。床にコーヒーの染み、乱視用の眼鏡。長い間ここへいるうち、ネズミとも口がきけるようになった。 船長の姿はない。今頃、フレック…

四月の皮肉

エイプリルフールには卵を割ったらヒヨコが出てくる悪夢で親子丼はおじゃんになったけどヒヨコは成長ホルモンを与えて育てた6時間おきに食べ物の選択を迫られて添加物に発がん性は含まれていなくてそれでも駄菓子屋にすぐ死んでしまうヒヨコを買いに行く生…

なんて名前で

語ることがたくさんあるのでA5の罫線ノートじゃ足りないのだB2のわら半紙に殴り書きをして詩人たちは声を発した 消費社会に石を投げて繰り返す歴史に疑問符を打ち込んで四畳と半分の密度は高まる 3月11日の午後 詩人たちは声を発した語るべき語りは各々にあ…

1.奇怪な島に辿り着いてもう三日三晩眠りの中にいた黒い果実と死んだ魚暗雲からたちこめる硫黄の匂いに噎せた 起きて何も特別なことなどなかったいつも通りに回転していると思ったしみんなそれぞれに回転していたからあたかも止まっているように見えた 2. …

四半世紀の春

君よ、で始まる誓約を当てにしてはだめだとそれで得られるものでは暮らしていけないとわたしは繰り返し言った母の残像を追ってイヴ・サンローランの口紅を買うそれは母がかつて娘だったころのあたたかく穏やかな何か大きな期待に胸をふくらまし輝いている母…

あなたの道

1時81分心腔の扉が開くお粥の道なりの鍾乳洞扉は閉じたり、開いたりでも誰も通らない時々、間違えましたこの道はいいえ合ってますよ合ってますよでもその人は行ってしまう 火鉢つつくようにジュワッと足元が灼けて水が滲んでいたところは焦げている1時もう1…

遅めの休息

ゆうべはゆっくり休んだんだけどそんな感じしない夜中布団を蹴飛ばして目が覚めるくらいの夢は見た 雪が降るなんて聞いていなかった無茶な言い訳だな良い理由が出来たんだろうと思っていた ゴール下を守っている場合じゃなかった年を取ったから婚活の席を確…

一人暮らしも数年経って慣れた筈の料理でもまだ驚くような失敗をする煮卵のゆで卵を殻ごと煮詰めていたり酢豚のお酢を入れ忘れたり両手に抱えきれないどじを抱えて人は夢が多い娘さんよと笑うばかめこの夢はこれから零してゆくんだよけさ地下の駐車場に滑り…