irohato

a_yによる詩や短歌 https://utubuse.wixsite.com/ayweb

臍帯血

涙のほとんどは血とおなじで
母から免疫成分の含まれた血をもらって
私は泣きながら生まれてきた
そして今も泣いている
徒然草がそらで読み上げられなくて
忘年会の幹事でみんなをしらけさせて
耳元で囁かれた「やるならしっかりやってよ」
母が夏休みにわたしに言った「不器用なあんたはひとの2倍やって人並みなんだから」
私はそれらの言葉に血を流した

私が生まれたとき母は四〇〇〇ミリリットルの血を流した
私が生まれたとき私は四〇〇〇ミリリットルの涙を流した
ふたりとも泣いていた

ふいに立ち上がって頭を棚板にぶつけたり
追いかけっこで勢いよく閉じられた扉に手を挟む
あるいはハイヒールが排水溝の溝に嵌って転ぶ
すべて私の痛み
涙は流れずに ドジを笑う人の声で笑う

母は心の病で 私は背負っていない
母は皮膚の病で もしかしたら私も背負うかもしれない
手も足も頭も傷も心も
お母さんからもらってすべて健康だ
血と涙のなかで生まれてきた私を
母は愛した 私も愛している
けれどもう 臍帯血の中の母の免疫は私に息づいていない
母が涙を流せば 私の血をあげてもいい
いくらでもあげたい 

涙のほとんどは血とおなじで
お乳のほとんどは血とおなじ
母からもらったもののほとんどは母の血肉だった
私は生きていて
母も生きている
けれどおそらく母の方が先に逝く
元気なうちに機会があれば
私の血を分けてあげよう
べつの身体で
べつの血が流れている 

母からもらった免疫成分はもうない