irohato

a_yによる詩や短歌 https://utubuse.wixsite.com/ayweb

手術

「けさ6時に胸痛があって来院して、状態悪くて救外で挿管してきてます。その後カテやって3枝病変ということで緊急バイパスになりました。…聞いてると思うけど、西病棟の主任さんのお父さんだって。主任さん、落ち着きなくて出たり入ったりしてるから、ふるまいとか気を付けてよ。オペは一通り吻合して、ポンプ離脱したけど、血圧がずっと低くて様子見てるとこ。輸血はRBC4単位あるのと、FFPを今やってる。大丈夫?」

「わかりました。」
「じゃあ私帰るけど、何かわからんことあったら電話して。」

そう言って日勤の先輩が帰った。機械出しの看護師に声を掛ける。

「外回り替わりました。よろしくお願いします。」
「お願いします。」

モニターを見る。血圧が70台だ。ずっとこんな調子なのだろう。
術野を見る。じわじわと出血しているのが分かる。

「ちょっと、採血しようか。」と麻酔科の先生。
「Hb6.0、血小板6.3…ちょっと低いね。プレートも追加しようか。」
「何単位頼む?先生…20単位で。分かりました。電話します。伝票は後で下ろすで良いですよね?…」

輸血部に追加の輸血を依頼し、電話を切る。
ふと今しがた帰っていったベテランの先輩の言葉が頭によぎる。
ー生きているふりさせて、手術室出たんでしょー
ICU入って3時間後に亡くなったんだってー
私は首を振る。
そんなことにはならない…

しかし、止血にはしばらく時間がかかった。ようやく止血が確認でき、わずかに血圧が上がり始めたころ、追加分の輸血が届いた。麻酔科医は、血液はICUへ届けてくれと言った。主治医と助手の会話も落ち着きを見せ始めていた。ドレーンを挿入し、傷を縫い始めると主治医は手を下ろした。残りの傷は助手が縫うのだ。

そうして、長い手術が終了した。

ICUへ患者を移送するとき、休憩室に居た西病棟の主任さんが顔を出した。
「ヨシノさん、ありがとね。休憩室に飲み物とか、パン買ってあるから、食べてね。」
主任さんは先生にも頭を下げた。
「ありがとうございました。」

ICUも忙しいようで担当の看護師が出てくるまで時間が掛かった。この患者が入って満床だったのだ。一通り申し送りを終え、時計を見る。夜9時をまわっていた。
「じゃあ、何かあれば吉野までお願いします。」
「はい、お疲れ様です。」
夜勤の正常な勤務は9時までだが、血で汚れた床を拭いたり、片付けや部屋作りをして、多分今日中には帰れるだろう。

ICUを出る間際、もう一度患者のモニターを見る。患者は挿管されているので、何も喋ることが出来ない。あの波形、あの数字が患者の声の代わりだ。状態に大きな変化は無かった。手術は終わったのだ。私は誰にも聞こえないように、マスクの下で唇を動かした。

「頑張れ、頑張れ。」