みえない誰か
けさ、明け方、
ベッドに火薬を仕掛けたね?
爆発音の中を
激しい雨を走っていく
肩で息をする夢はそのせいね
けさ、明け方、
ベッドの中で笑っていたね?
暖かな浮遊で
世にも穏やかな心地で目が醒めたのはそのせいね
もちろん浮遊の間
左手はベッドに置いて、そこから徐々に
身体に血液が戻っていくのを感じてた
けさ、明け方、
ひどく冷えたね?
教会の鐘鳴らなかった
代わりに、誰かが、
わたしを強く抱き寄せたのを感じた
キッチン
ご飯を作るためのキッチンで
不良むすめ
猫と煙草を吸っている
食べてもらうはずだった食事を
今しがた捨ててしまったところ
自分の分は忘れて
作ったはしから人にあげてしまうの
そういう母親を見てきたから
少女もそうやってきた
スポンジみたいに絞られるまで
やわらかな光のような
愛情の手ほどきを
まだ教えてもらえるかな
換気扇の下の小さな廃工場でも
猫の細い舌で湿った指先
感じているぬくもりが
誓わなくてもきっとまた誰かに向かっていく
明け方の夢
私たちは抱かれるときいつも
体温があるという前提に立っている
たゆたう木の枝を幽霊と思って
明け方の夢の中でまどろむ
疑えないまま口先だけで語っても
宙に浮いた自分を見つけるだけだ
冷えた空気でも目が醒めないで
肺の中は生ぬるくて夢だとわかる
過ぎ去っていく誰かの影
わずかだけ交差していた誰かの影
煮凝りのような愛情の海
子どもが母の背中を掴んで震えている
朝になるまでの幻想のなかで
もうここにないものを追いかけないと誓う
詩になるための言葉だけ
胸の隅にひたひたと満ちていく
予感
頭の回転はねずみ色でも
迎えるままじゃ困るって
腹の中は交感神経優位に緊張してはいるが
不思議と耳は聞こえるもので
流れてくる何千の情報は捌いていた
紅白色に爪を塗り立てて 祝う心は十分ある
年を越すってそれだけが奇跡のように
嬉しくて喉に詰まらすなよ
何か大きな力に呑まれていくのを
何もしないでも下っていく下り坂で感じていた
あどけない心で片道切符
安全を捨てて もう戻ってこられなくても
記憶がじかに足もとを温める
ゆきすぎた心で過ちもある
吐き出した言葉から聞こえる声もある
いま何時何分かよりも
私を鷲掴みした引力がたった今から始まっていたこと
胸を張って言ってしまえる