irohato

a_yによる詩や短歌 https://utubuse.wixsite.com/ayweb

みえない誰か

けさ、明け方、
ベッドに火薬を仕掛けたね?
爆発音の中を
激しい雨を走っていく
肩で息をする夢はそのせいね

けさ、明け方、
ベッドの中で笑っていたね?
暖かな浮遊で
世にも穏やかな心地で目が醒めたのはそのせいね
もちろん浮遊の間
左手はベッドに置いて、そこから徐々に
身体に血液が戻っていくのを感じてた

けさ、明け方、
ひどく冷えたね?
教会の鐘鳴らなかった
代わりに、誰かが、
わたしを強く抱き寄せたのを感じた

キッチン

ご飯を作るためのキッチンで
不良むすめ
猫と煙草を吸っている
食べてもらうはずだった食事を
今しがた捨ててしまったところ

自分の分は忘れて
作ったはしから人にあげてしまうの
そういう母親を見てきたから
少女もそうやってきた
スポンジみたいに絞られるまで

やわらかな光のような
愛情の手ほどきを
まだ教えてもらえるかな
換気扇の下の小さな廃工場でも

猫の細い舌で湿った指先
感じているぬくもりが
誓わなくてもきっとまた誰かに向かっていく

明け方の夢

私たちは抱かれるときいつも
体温があるという前提に立っている
たゆたう木の枝を幽霊と思って
明け方の夢の中でまどろむ

疑えないまま口先だけで語っても
宙に浮いた自分を見つけるだけだ
冷えた空気でも目が醒めないで
肺の中は生ぬるくて夢だとわかる

過ぎ去っていく誰かの影
わずかだけ交差していた誰かの影
煮凝りのような愛情の海
子どもが母の背中を掴んで震えている

朝になるまでの幻想のなかで
もうここにないものを追いかけないと誓う
詩になるための言葉だけ
胸の隅にひたひたと満ちていく

祈る

一月の早朝のほの暗い空から
溜りかねた一滴がつむじの上に落ちて冷たい
地下鉄へ続く階段にはコーヒーと
アルコール代謝ドリンクの空き缶
ラブホテルのエントランスの薄汚れた明かりが
それらを照らして浮かべている

わたしは階段を下りていく

どこへ行くのだろう今から
どこへ行くのだろう

純粋さは星
純粋さは音
純粋さは呼吸
朝には見えなくなる

今 雨が降りそうでも
傘を取りに戻ったら間に合わない
間に合わないという事が
みなを駆り立てているすべて

日が昇る前に漂っている欲望
気付いたらきっと逃げ出しても良い
時間通りの地下鉄で
祈りを捧げる場所に行く

予感

頭の回転はねずみ色でも
迎えるままじゃ困るって
腹の中は交感神経優位に緊張してはいるが
不思議と耳は聞こえるもので
流れてくる何千の情報は捌いていた

紅白色に爪を塗り立てて 祝う心は十分ある
年を越すってそれだけが奇跡のように
嬉しくて喉に詰まらすなよ
何か大きな力に呑まれていくのを
何もしないでも下っていく下り坂で感じていた

あどけない心で片道切符
安全を捨てて もう戻ってこられなくても
記憶がじかに足もとを温める

ゆきすぎた心で過ちもある
吐き出した言葉から聞こえる声もある
いま何時何分かよりも
私を鷲掴みした引力がたった今から始まっていたこと
胸を張って言ってしまえる

悪魔の仕事

しとしと雨の夜の中で
顔を上げて雨粒の落ちてくるのを見ていた
降るごとに冷えていくような風の無いしんとした空気の中
イルミネーションに照らされて
顔に届く前に細い粒が見える
小さな
小さな雨粒は皮膚を伝わずに
頬に留まっている

握り締めたPHSが鳴るのを待っている
鳴るのを待つのが仕事だから
誰かの誕生日にも
誰かの不幸の上に成り立つ
まるで悪魔の仕事じゃないか
そんな皮肉は笑われもしないだろうけど
きっと悪魔は少女の顔をして
自分の姿に気付かないまま

鳴る前に光るから
雷と一緒で日常を裂く一撃に
私は打たれてはならないので
かのこんな誕生日に
祝いのような恵みの雨に
誰かの不幸はあってはならぬ
ならぬと願う
それも仕事と

意味

衝撃的な言葉ならもう持ち合わせていないと
歩道に転がっていた鳩の首や
猫の爪に抉られた眼球を見ても
絶えず心は平和だとしたら
しらみつぶしにストロングゼロで日常を麻痺させた結果ってことだ
都会に氾濫する乱れたイメージで
太古から続く楽園の湿ったイメージで
まだ詩へ続く道を辿りたい

私は肯定する
縦横 重力 逆さになっても
おかしくなった世界を生きていく
日常からはみ出た瞬間をつまみあげて
些細なことを些細でないと気付いていくために
こうしてノートを埋めていく